暑さから逃れて-続-
真夏日が続くが、今年もまた遠泳に参加した。
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それぞれの二大会の新聞記事に大会規模が発表されている。
第19回那珂川遠泳大会
は、はるばる四国松山市から「水任流」泳法で参加された数名の方々と、早めに受付を済ませた関係で、更衣室で話す機会を得た。水戸の「水府流」との交流会を、定期的に実施しているとのことだった。このようなことは、伝統ある日本古来の伝統行事としてもともっとPRすべき誇りある大会と思う。完泳できたことに感謝したい。
今回のコンディションは、水温が24~25℃ぐらい?少々冷たく感じていた。泳いでいる際手先が痺れてきていたのと、退水後風に当たると、震えが来るほど寒かった。室内プールでのシャワーで、人心地を取り戻したほどだった。
順調に流れがあれば、3.5kmで40分位で到着するところ、上げ潮にぶつかったため1.5時間かかったそうだが、時間が掛かった分楽しむことができた大会だった。
第23回霞ヶ浦横断遠泳を楽しむ会![]()

参加者一覧をPDFで保存した。「090002.PDF」をダウンロード 大会事務局の糸山氏から、報告書とともに写真が送られてきた。いつもながら手澄の入った、大会終了三日目後という素早い対応に脅威を感じている。早速メールで感謝の意を伝えた。写真は、記念アルバムの一枚にとUPさせていただく。
「090001.PDF」をダウンロード
また、その文面は、PDFとして保存した。107名参加中、101名が完泳。心配された波もさほど影響なくスピード調整で、指揮船からのセーブ指示があった者の終始楽しく泳ぐことができた。
第83回野尻湖遠泳大会
【勇気ある退却】
大会本部である「藤屋旅館」に前泊し、体調万全で臨んだ。
旅館の窓からは、野尻湖を一望。唯一の島枇杷島に向かって一艘の船が行く。
明日の遠泳大会の無事故を祈願するため、スタッフが繰り出してくれていたのだ。
大会への思い入れが伝わってくる一コマを残すことができた。
さて早朝4:00、散策に出ようとしたが、土砂降りの雨で取りやめ。湖畔は、視界はあるものの風はない。雨だけなら、あとは水温だけだ。受付は、C列30番、赤帽子だった。参加者は130名強だった。低水温に備え、上は、長袖ラッシュガードの下に長袖のスポーツTシャツを重ね着し、下は、ランニング用タイツとした。万が一手先の痺れ用にゴム手袋をタイツの中にしのばせ挟み込んだ「ウォーッ!」、「エーンヤコーラー」の掛け声で気合いを入れ、班毎、順番に泳ぎ出す。気温23℃、水温23.5℃自分には痺れるコンディションだ。不安が先立つ。泳ぎだして、5分と経たないうちに、前のグループから息絶え絶えのリタイアが出る。気持ちを鎮め呼吸を整えるべく顔を水につけ、水中で長く伸びを取り、息を長く吐き出そうとするも10回とは続かなかった。仕方なく顔を上げたまま浮きを取ろうと頑張ってみる。泳ぎ始めてから約20分も続いたろうか、そろそろセコンドウインドが来る頃もう一頑張りと思ったが、縦の列の赤い帽子がかなり前方に。前方の水がかなり空いてしまっている。このままのスピードでは「イエローカード」間違いない。ここは、無理はすべきでない。手を挙げてボディボードを呼ぶ。いわゆる「勇気ある退却」を決め込んだ。やがて、モーターボートが来、出発地点まで護送となる。自分より先にリタイアした方が、荷物車に預けた荷物を探していたので、自分の昼食・着替え等の荷物を休憩地点まで運ばれる前に手に入れることができた。早い決断が幸いした。旅館の風呂で一人ゆっくり暖を取ったあと、一路:信濃町IC~(長野道)~藤岡JCT~(北関東道)~桐生IC~(50号)~足利IC~(東北道)~都賀JCT~(北関東道)~友部JCT~土浦北ICと、実走4時間で帰宅した。途中、北関東道がつながっていないため、50号線に降りなければならず、1,000円の恩恵は倍になってしまった。
さて、三つのオープンウォーター大会だが、やはり霞ヶ浦は一番汚れている。指先どころか上腕部分もボーッとしか見えない。那珂川では、(指先まではっきり見えるが、前後・隣の泳者は見えない)の比ではない。そして、野尻湖では、汚れているということだが、相当先の泳者が色とりどりで乱舞しているようで水着の柄まではっきり見える。水底が青黒く底なしかと思われるほど不気味なきれいさだ。改めて、水の使い方・大切さを痛感させられた次第。


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